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能力を適正に評価して、それに見合う高賃金を支払えば、タレント性のある従業員を増やせるとも計算している。
「今でも何人かいるが、Sにいけば、リターンが公正だとなれば、10人、50人、百人と集まってくるのでは」と語る。
人材は量より質である。
賃金の考え方は自ずと変わらざるを得ないわけである。
このタレント給には、一般の賃金のような下方硬直性はない。
タレント性がなくなったと認定すれば、2倍3倍のかけ算は消えて、元の通常の賃金に戻す。
Sでは、ボーナスについてはある程度、業績評価に応じた配分を実施している。
92年度は、前年と同様に通常のボーナス5・7カ月分を生活給的な考え方から固定し、これに事業計画達成報奨金を1・5カ月分(前年度1・2カ月)プラスした。
報奨金のうち0・5カ月分を一律にして、一カ月分を若手も中高年も、平も部長も関係なくそれぞれの業績を査定して分配した。
これにより、月数で言うと、最高9カ月から最低6・2カ月まで分かれた。
見ての通り「日本的な査定ではたいして差は開かない」(N社長)が、同社では「2年連続して担当部署の業績を下げたら、取締役でも事業部長でも即交代のルールがある」そうだ。
「社長も例外ではないが、代わりがいない時は仕方がないことにしている」と笑わせる。
N社長はもともと能力を評価して、それに賃金を払おうという考え方であり、以前からタレント給の発想を持っていたと言える。
N社長は1979年に、当時米国資本だったSに自分の経営していたゲーム機販売会社を売り、自ら5年契約の代表取締役副社長としてSに入った。
自分の能力を頼んで経営不振だったセガの立て直しに身を投じたわけである。
そして今や、年間売上高を将来一兆円まで伸ばす事業構想を温めている。
同氏自身がアミューズメント業界では非凡な経営者として知られており、「私は社長兼タレントだよ」と自らを語る。
そのN氏が93年、I・元H工業副社長とF・前D専務を代表取締役副社長に、さらにK前S銀行取締役を専務にそれぞれ迎え入れて、話題になった。
同社の常勤取締役は半数を超える16人がスカウト組である。
これはと思う能力のある人材を、貧欲に買い集めている格好である。
I、F、K氏についてN社長は「全般的な経営能力を買った。
経営者は英語で言えば本来、最高経営責任者(CEO)に代表されるエグゼクティブ・オフィサー。
当社はこの層が手薄だったので来てもらった」と言っている。
「開発、管理、営業の3本柱が一気に揃った。これで年間売上高5千億円に向けての体制ができました」。
報酬などの待遇については「この人たちの水準の高いことはわかっているから、基本的には前の会社の条件を踏襲する」と言う。
「たとえ一人一億円で3人で3億円だとしても、それが負担になるようでは仕方ないね。
それを上回る価値は必ずありますよ」と踏んでいる.N氏の発想は、足し算、引き算ではない。
かけ算である。
「いろいろな価値観があって、全体としてまとまるのがベストの組織」と考える。
I、F、K氏に限らず、C、S、S、Iなどから入った役員はそれぞれ育った背景が違えば、ものの考え方も当然違う。
同質集団では人数分の単純な足し算の仕事しかできないが、異質な個性が自分も含めてぶつかり合えば、相乗効果が生まれると計算しているようだ。
こうした企業風土を持つSが検討している「タレント給」は、究極の能力給と言えるだろう。
その人物の持つ様々な能力のうち仕事に関する能力だけを評価する。
それが特別な価値を持つかどうかの一点である。
買い手が、通常の2倍3倍の賃金を出そうというのは、慈善でも何でもない。
それだけの市場価値を認めるからだ。
買い手の出す条件が売り手の満足するものでなければ、売り手は他の買い手を探すことになる。
買い手は、他の買い手がどのような値段を付けるかを勘案しながら、条件を決めて提示する。
I氏の場合、こうしたやりとりがあったわけではないが、Sが声をかける前に、米国の某自動車メーカーから誘いがかかっていた。
このように市場性のある人材でなければ、タレントとして企業と渡り合えない。
能力主義は甘くない。
評価は常にアップ・ダウンする。
I、F、K氏がもし期待通りの能力を発揮しなければ、どうなるか。
N氏は冗談交じりにこう言っている。
「(取締役に)再選しなければいいのだから簡単さ(笑い)」と。
もっとも、実際には日本の企業だから、N氏もそこまでドライに割り切れないだろうが、理屈ではそうなる。
前からいた役員はさぞがっかりだろうと聞くと、N氏はからっとしたものである。
「それにはこう言いたいね。君たちも、管理職については次から次と人材をスカウトして上に入れてきたではないか。また君らには常々エグゼクティブになりなさいと言ってきたが、いま一歩だね。だったらノウハウを持った人にきてもらって、互いにもみ合って自分の能力の向上を図れとね」。
外部の労働市場と常につながっていて、人材の出入りがあり、市場価値が常時検証されている企業でなければ、能力主義の徹底は難しい。
そういう意味では、日本の大企業では能力主義の基礎的条件がまだ整っていない。
しかし最近の企業の動きを見ていると、多くのサラリーマンにとって、会社と能力を売り買いする時代は一歩一歩近づいてきている。
日本の賃金は戦後の一時期を除いて、能力主義で一貫していたと書くと、首を傾げる人も少なくないだろう。
実は賃金制度や人事制度ほど建前が多いうえに複雑怪奇で、わかりにくいものはない。
それがこれまで「能力主義という名の年功主義」を許していたのだ。
大方は、建て前能力主義、本音年功主義というのが実態だった。
閉鎖的な社内労働市場やピラミッド型の組織などがある限り、能力主義は徹底できない。
それでも長い間、別段、不都合が生じなかったのは、右一肩上がりの成長経済が何とか続いていたからである。
年功的に横並びの処遇をしていても、ある程度分配するものがあれば、不満は高まらない。
ところが賃上げが低水準に留まると、平等主義的な分配は全員に不満を抱かせる危険をはらむ。
日本生産性本部が93年の新入社員と2〜5年の在籍社員の意識調査をした。
その中に「たくさん働けばたくさん見返りがくると思いますか」という質問がある。
会社をまだよく知らない新入社員の男性は、21・2%が「全くそうだ」、36・0%が「そうだ」と57・2%が肯定的に答えている。
しかし先輩である在籍社員は「全くそうだ」が7・5%、「そうだ」が29・1%で、肯定派は36・6%に留まった。
在籍社員の48・0%は「あまりそうではない」、14・4%は「全くそうではない」と答え、63・4%は働きに対して見返りがあるかどうかについて疑問視している。
女性の在籍社員はもっとしらけていて、合計76・3%が否定的な見方をしている。
この設問は、直接、賃金について尋ねたものではないが、若年社員のかなり冷めた見方がうかがえる。
もし中高年者に聞いたら、もっと否定的な回答になるのではないか。
賃金カーブの中だるみはだいぶ前から言われていながら、是正されていないからだ。
毎年、春頭で平均賃金が何%上がったかどうかが争われているが、賃金のあり方に潜在的な不満がたまってきている。
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